人間本来の寿命の限界はいったい何歳なのか?

旧約聖書、創世記によると、アダムとイヴから始まった最初の人類はもっと長寿命で、たとえばメトセラという人は969歳まで生きたという記述があります。

もちろん、私たちに現代人の立場で言えば、ほとんどの人はこれはあくまで神話にすぎないと考えるでしょう。

ただし、信仰者の中にはこれを直接事実として受け入れている人も少なからずいるかもしれません。

「人間本来の寿命というのは、もっと、とんでもなく長いはずで……しかし、神様の言いつけに背いて信仰を疎かにしているから寿命もどんどん短くなってしまったのだ」

……というような。

そもそも人間の最長寿命は何歳くらいなのかという問題

現在、ごく一般的には人間の最長寿命は120歳前後と言われています。今までの科学的な研究や統計などの調査でも通説としては「120歳」を人間の限界寿命としています。

つまり、私たちはどんなに良い環境であっても、どんなに健康に気を付けても、どっちみち120歳程度までしか生きられないということです。おそらく、これが現在時点ではもっとも常識的で、妥当なイメージという感じがしますよね?

日本人の平均寿命はどんどん延びているというニュースを聞いたり、世界的に見ても大掛かりな調査によって人間は歴史上、平均寿命はどんどん長くなっているというので、何となく

「すごく長生きな人も増えている」

ような印象を持ってしまうかもしれませんが、実際のところは、平均寿命が伸びているのは明白なのですが、一方で「限界寿命」というのはまったく伸びていないのだそうです。

現在時点で、正式に確認されている最も長寿な人は、1997年に122歳でお亡くなりになった、ジャンヌ・カルマンさんというフランス人女性だそうです。

要するに、少なくとも確実に調査できる範囲では、人類は過去だれも120歳から大きく超えてそれ以上長く生きたという実績がない……ということです。

だから、おそらく今後も伸びることはないだろうというのが現在の最も一般的な見方です。

将来、人類は限界寿命を超えることができるか

ただ、これはあくまで

「過去そうだったから」

このまま行けば今後もそうだろう……ということです。

しかし、今後人間の寿命が200歳、300歳……とどんどん伸びていく可能性があるという意見もないわけではありません。

そもそも、実際には死とか寿命といった分野は今でも完全に学説が確立しているわけではありません。人間が120歳以上生きる可能性はまったくない……ということが科学的に証明されたとまでは言えないのです。

まず、限界寿命に関する反論としてよく取り上げられる話ですが、地球上には人間なんかよりもっともっと長生きな動物がいます。

① 北極クジラは200年以上
② ゾウガメは250年
③ ニシオンデンザメは何と平均寿命が270年
④ アイスランド貝は400年以上
⑤ また、海にすむ原始的な生物の中には寿命が1000年以上と見られる種もある

もちろん希望的観測と言えばそれまでですが……このように寿命が人類よりも圧倒的に長い生物が現存するということは、地球上でも何らかの条件さえ揃えば理屈の上では人間だって、もっと長生きする可能性がないとは言い切れないでしょう。

さらに植物も生き物と見做すなら、樹齢何百年、何千年と言われる樹木は世界中にあります。というか……今現在計測されている樹齢は、それがイコール寿命というわけでもありません。

研究者によると、むしろ樹木というのは寿命の測定自体が不可能で、いつまで生きるのか分からないのです。もし病気や風による倒壊といった事故が起こらず、自然環境され許せばほぼ永遠に生きるのが「ふつう」なのかもしれません。

でも、通常の人間の感覚から言えば、植物っていうのは

「生きている」

と言えるのかどうか?

……という疑問を持つのも不思議ではありません。確かに、動けないし話せないし、たぶん何も考えていません(笑)

だから、寿命がない……言ってもこれは樹木などある程度環境に対する耐性がある植物に限られた話だと思うかもしれませんが……実は、別の分野での研究によると、

「アメーバや細菌のような原始的な単細胞生物にも、そもそも寿命という概念がない」

という説が有力です。つまり外的な要因で殺されない限りいつまでも生きるということです。

「寿命」は後から作られた?

現在の進化に関する通説では、原始、生物が誕生した時点ではそもそも「死」とか「寿命」といったものは存在していなかったと考えられます。

これは、私たちの今の人生観から見ると驚嘆に値しますよね?

死というものは、多細胞生物が誕生して以後、進化の過程で「後付けで」できたものなのです。どうしてわざわざそんなものを作ったかというと、それはいわば個体ではなく

「種全体の生存率を向上するため」

だと考えられています。

そう言われてみれば、先ほど例に挙げたゾウガメ、またクジラや鮫……こういった個々の寿命が長い生物というのは、一方で種全体としては絶滅危惧種だったりします。

たとえば人間なら人間という「種」の全体という視点からすると、個々の人にはむしろ寿命があったほうが種全体の存続には有利だということなのですね。

なぜかというと、遺伝子レベルでの情報伝達を効率よく繰り返していくこと、その中である意味ランダムな情報の組み替えが起こることによって、環境変化への順応確率が大幅に向上すること。同時に、単純なコピーのような形での遺伝子の情報伝達を積み重ねていく形では、わずかな誤差(つまりミスコピー)が蓄積されることになり、種全体が滅亡する確率が増加してしまうからです。

つまり、これらのごく長期的なリスクを回避する仕組み……それが男女と言う「性」が発生した理由であり、個体に「死」が発生した理由というわけですね。

ですから、自然界の成り立ちと進化の経緯という視点で言えば、そのために私たち一人ひとりはいつか死ぬ必要があるということです。それが寿命です。
自然を超越する日は来るのか?
ただし、これはあくまで生物としての自然状態を前提にした場合の話です。
仮に自然の状態に任せた場合の人間の寿命は120歳くらいだというのが正しかったとしても、今後さらに科学や技術のほうが進化、進歩することでそれを人為的に延ばすことが不可能だとも言えません。
世界には人間の寿命を飛躍的に伸ばす研究を真剣に行っている科学者や医療関係者がたくさんいます。現代の遺伝子操作技術やナノテクノロジーなどがどんどん進歩すれば、200歳、300歳……1000歳というのも夢ではないかもしれません。もちろんまだ確定ではありませんが、現在の科学技術は過去では考えられないほどレベルが上がっていますし、実際にそれは可能であると主張している研究者もいるのです。
また、当然ですが私たちは、もはやただ単に
「生物として、種を保存するためだけに生きている存在」
ではありません。もちろん同時に社会的、倫理的な課題を解決するなど、多くの論点がありますが、人間として、個人として寿命というものをどう捉えるか? どのように向き合い、どう生きるか?  ……というと大げさですけど。
でも私もひとりの人間としていかに長生きで健康に過ごすかということをまじめに、そして前向きに考えてみるつもりです。