偉人たちの残した「最後の言葉」に人生観の光と影を見る

昔の偉人たちが残した「最後(最期?)の言葉」

……それは私たち凡人にも、人生の意味の何たるかを垣間見せてくれたりします。

それら偉人たちの最後の言葉には、自分の死に際、臨終の時を察しても動揺することなく、人生を振り返ったり、自分の信念を表したりしたものが少なくありません。

中には、自分の信念や価値観を端的に表現したものや、ユーモアあふれるものも少なくありません。相当に考えつくした、まるで以前から準備していたのではないかというような名言も見えます(もちろん、暗殺された場合や、自ら命を絶った例も少なくありません)。

いずれにせよ

「死を受け入れた上で発した言葉」

と思うと、ある種の感動すら覚えます。私たちはそこに偉大さや深遠さを見い出して崇めたり憧れたりもします。

また、中には

「自分も、そのように達観して、きちんとした言葉を残して逝きたいものだ……」

というふうに感じる人もいるでしょう。

しかし、死に際に至ってもまだ自分の死を受け入れようとせず、生き続けることに執着していたり、死んだ後のことを心配したり、あるいは、自分が死ぬこと自体を認めなかったり……といった感情が露になった言葉も多く残っています。

それはそれで、人間らしい一面が見えるようで興味深く感じます。

もちろん、どちらにも解釈できる言葉もあり、多くの場合その真意は必ずしも明白ではありません。また、偉人であるがゆえに近親者や後世の人々が創作したものもあり、どこまで本当か分からない言葉もあります。

しかし、その前提で、ある程度意図がはっきりしていると思える言葉を見てみましょう。

最期の言葉 ~死を受け入れた上で発した言葉~

まずは、おそらく本人が自分の死を受け入れた上で発したと推測される言葉たちです。

「あら楽し 思いは晴るる身は捨つる 浮世の月にかかる雲なし」

大石内蔵助。

「俺と妻の死体がよく焼けたかどうか確かめるのを忘れるなよ」

アドルフ・ヒトラー。

「あなたをきらいになったから死ぬのでは無いのです 小説を書くのがいやになったからです」

太宰治。

「友よ拍手を、喜劇は終わった」

ベートーベン。

「僕はこんなふうに死んでいきたいと思ってたんだ」

ゴッホ。没年37歳。自殺。

「気を落とさないで。見てごらん。空はなんときれいに澄んでいるのだろう。私はあそこへ行くんだよ」

ルソー。

「じゃあまた。いずれあの世で会えるんだから」

マークトゥエイン。没年75歳。

「最期の言葉なんてものは、十分に言い尽くさずに生きてきたアホどもの言うことだ」

カール・マルクス。

「充実した一生は、幸福な死をもたらす」

レオナルド・ダ・ビンチ。

「死は人生の終末ではない。生涯の完成である」

マルチン・ルター。

「向こうはとても美しい」

トーマス・エジソン。

最後の言葉 ~自分の死を受け入れようとしない言葉~

「君を残していくのがとても心配だ。これから生きていくのは苦しかろう」

ドストエフスキー。没年60歳。

「これから小説を書かねばならない。小説を」

谷崎潤一郎。

「となりの部屋へ行くんだ。仕事をする。仕事をさせてくれ」

手塚治虫。

「早く、絵具を、パレットをよこしてくれ」

ルノワール。没年78歳。

「ああ、苦しい、今、死にたくない」
「早くここに水をぶっかけてくれ。死ぬと困るから」

夏目漱石。没年49歳。

「せめてあと5年の命があったら、本当の絵師になられるのだが」

葛飾北斎。没年89歳。

「石川! 刀はないか! 刀はないか!」
「残念……おれは脳をやられたからもう駄目だ」

坂本龍馬。没年32歳。

「死のとうない」

一休宗純。没年78歳。

「人生において十分にやっていけるだけの富を積み上げた後は、富とは関係のない他のことを追い求めた方が良い」

スティーブン・ポール・ジョブズ。

「達観」して死ぬなんて嫌だ

私はもちろん、まだまだ死ぬ気など毛頭ございませんが(笑)
ただ、私自身も一応、すでに最期の言葉を考えてあります。

それは

「死にたくないーー!!」

です。

心の底から、死にたくないと叫びながら死のうと思います。

人生を達観したような言葉を残すつもりはありません。

よく、

「充実した人生だった、幸せだった」

と言って死にたい……みたいなことをいう人がいます。

しかし、かえって、今この一瞬一瞬を大切に生き、もし最後に自分の人生を振り返って、本当に心から良い人生だと思っているなら、ふつうは当然

「もっと生きたい!」

と思うはず。だったら、その思いを素直にぶつけた言葉のほうが真実なのであり、生きることに対して未練タラタラのまま逝く……もしかすると、そのほうが理想的な最期なのではないのでしょうか。

凡人の私は、そんな気がしてならないのです。