「病は気から」というのはどこまで本当か

俗に、

「病は気から」

と言います。

病気は、心の持ちようで良くなることもあるし、逆に悪化してしまうこともある……という意味ですね。

もう少し広げて考えると、いつも

「自分は健康だ」
「健康になるぞー」

と思っていたほうが、本当に健康に暮らすことができそう……ということでもあります。

そして、多くの人の実感として、これって単に気持ちの持ちようのことを言っているだけじゃなくて、

「病は気から」

というのは実際にある程度本当に、つまり現実的に、

「精神の持ちようが、肉体的な変化にもある程度影響を与えるのではないか?」

という「気」がしますよね?

とは言え、もちろんすべてが気持ちの持ちようだけで決まるというふうに全面的に信じることもできません。

いくら気持ちの上で頑張ったって信じ込んだって、一方では人間、病気になる時はなるだろうし、死ぬときは死ぬ……ですよね?

「気」は実在するか?

たとえば、中国では「気」とか「気功」という考え方があって、そこでは気とは単なる「気持ち」というようなものではなくて、実際に存在するエネルギーのようなものと見做しています。

迷信だと思いますか?

でも、逆に考えれば……単純な疑問なのですが、ではどうして精神とか意識といったものが人間の動作や行動に影響を与えることができているのでしょうか?

どうして、人間は「考えたこと」をその通りに実行できるのでしょうか?

そもそも論で考えると、むしろ精神がまったく肉体に影響を与えないという理屈のほうが矛盾するようにさえ感じられます。

やはり、意識や思考、意思などが肉体的な効果や、変化、変調の一要因になり得ると考えたほうが妥当な気もします。

プラシーボ効果は実際ある

プラシーボ効果(偽薬効果)というのは、ある意味では「病は気から」を実証しているということもできますよね?

プラシーボ効果は今ではかなり一般的にも知られていて、たとえば不治の病になった人が、病院で医師から

「これは最近やっと開発できた最新の特効薬です」

などと言って、特殊な薬(実際はただのビタミン剤とか)を処方されて、それを信じ込んで飲んでいたら、本当に病気が治った……というようなエピソードを聞いたことがあるでしょう。

ここまで極端な例でなくても、プラシーボ効果は現実に比較実験の結果からすでに疑いもなく存在することが証明されています。一説には、実際に販売されている薬でさえ、その実際の効果よりもむしろプラシーボ効果のほうが大きいとする見解もあります。

また、薬など使わなくても単に医師などの専門性や権威がある人から言われた言葉だけでも病状が変化する例もあるようです。

逆に、いったん症状が改善したのに、それが実は「プラシーボ効果」であったことを告げると、とたんに元の症状に戻ってしまうという話もあります。

これらの例は、少なくとも自分自身が本当にそう信じ込んでいる場合には、その信じている内容が実際に物理的、肉体的な変化を起こすという根拠になり得ます。

ですから、たとえ表面的に

「私は健康だ」
「私はきっと長生きする」

などと口では唱えていても、それを言っている本人が心の奥ではそれを嘘だと感じていたり、半信半疑だったりすると効果はない、ということになるかもしれません。

悩みやストレスが本当に脳に炎症を引き起こす

病は気からという言葉を実証するような、最近日本で行われた研究があります。特定の悩みごとなどがあってそれを長期間ずっと思い悩んでいると、脳の特定の部位に一種の免役細胞が集中して働こうとする結果、微細な炎症が起こる場合があることが発見されたのです。

その炎症が起こることでさらにストレスを強く感じるようになり、消化器系の炎症や潰瘍の原因になったり、重篤な例では心臓の機能低下を起こすようになり、最悪の場合そのまま死に至る場合すらありうると考えられています。

「なんでも気から」と信じ込んだもん勝ち?

「病は気から」

というのを最大限に広く当てはめるならば、自分は

「絶対、長生きするぞー」
「病気なんか、ならないぞー」

という気持ちを心から強く持ち続けるならば、自分の細胞や肉体もそれに呼応して最大限長生きするという前提で働こうとするのではないでしょうか?

単純に理屈の上ではそういうことになりますよね?

ただし、プラシーボがそうであるように、それは本当にそうなるのだと自分自身が信じていなければ効果はないわけです。

ですから単に口先だけで言うのではなくて、本当に心からそう感じ、考えていなければなりません。

ということは、たとえば、口では長生きするぞー、とか言いふらしていたとして、でもその本人が実際には不摂生な生活や、明らかに健康に悪い生活習慣を続けているならどうでしょう。

実は私もそうだったのですが……口先だけで強気な言葉を吐いていれば、一方でとても不摂生な習慣をそのままにして

「それでも、病気にならないと信じていれば、病気になんかならないはずだ」

というように、自分に都合の良いように解釈しているだけでは、おそらく効果はありません。

そのようなやり方では、言葉の上でいくら「長生き」「健康」と唱えていても、おそらく本心では

「……こんな生活していて、ふつうは長生きできるわけないんだよなあ」

と感じているに違いありません。

それだと実質的には効果は良い方向に働かないでしょう。

むしろ、逆に本音のところでは

「こんなこと言ってるけど、本当のところ、自分はきっと、結局は長生きなんてできないだろうな……だって実際こんな生活続けてるんだから」

と感じているはずで、するとその本心のほうに合わせて、まさに「気」が働いてしまうことになり、本当に長生きできないような身体的変化が表れてしまうことになってしまいます。

ですから、少なくとも、長生きしようとしている本人が、本当に

「長生きに有効だ」
「健康に良いことだ」

と信じている生活習慣を取り入れ、逆に

「これは絶対、健康に良くない」
「これは寿命を縮める行為だ」

……と本音で感じていることは、してはいけません。

これが「病は気から」ということなのです。

プラシーボ効果と同じような働きが人間の精神と肉体の間にも本当にあるとすれば、どんな健康情報であれ、自分なりに可能な範囲で調べてみて、本当に健康に良さそうだと自分が納得できるなら、本人がそれを信じて実施しているというだけでも有効性があるということになるのかもしれません。

逆に、日々もたらされる健康情報について、いちいちエビデンスや反証などが気になって、半信半疑のままであれば、その健康情報をいくら実践しても効果は半減してしまう気がします。

ですから、自分なりに調べたり考えたり、一応納得液る程度まで手を尽くした上で、

「よし、これは本当に健康に良いはずだ」

と、確信できるものを実践するのが最も効果が高いということになるのではないでしょうか?